2014年9月19日

笹麦(笹の実)採りと昔の食の話


笹麦とり.jpeg
それは今年6月のこと。
60年に一度だけ実がなるといわれている笹麦(笹の実)が実ったと聞いて、びっくりして見に行きました。

そして日を改め、同じ協力隊の宇都木君、農家さんと3人で、笹麦採りをすることに。
笹麦とりハケゴ.jpeg 笹麦とり宇都木.jpeg

青空の下、ひたすら手で笹の実をしごきとりハケゴ(かご)に入れる作業を繰り返します。
小さな頃に笹麦を食べた記憶のあるという農家さんと、世間話しをしながらの作業。

私が「笹麦」のことを知ったのは、2年ほど前のこと。
舟形老人クラブ発行の冊子『孫たちに伝えたい若いころの思い出』(平成十八年発行)に書かれていたのです。
老人クラブの有志の方々が、若いころの記憶をたどって書かれた文章です。
なぎなた訓練や疎開の経験など戦争の記憶から、食べ物の話し、幼いころの遊びのことなど・・、昔の暮らしの様子がうかがえる貴重な本です。

若いころの思い出.png

そのなかに「笹ムギ採り」というタイトルの記事があったのです。
それは戦後の食糧難のときに、この付近の山々に笹麦が実り、飢えから救われたという内容でした。

本文より・・
「三度の食事もままならないそんな中、終戦の翌年昭和二十一年のことです。春になって山々の笹竹という笹竹に一面花が咲いたのです。
(略)
多い人は五、六俵(一俵五十キロ位)も採集し、それをスイトンなどに調理して食べ飢えをしのぐことができたのです。
(略)
あれから六十年後の平成十八年の春、どの山々の笹にも笹麦はできませんでした。六十年前の笹麦で助かった人、家族は何人いるかわかりません。まさにあの時は、天の助けだったと思います。」

上記の記事以外にも2人ほど、文中に笹麦のことを書かれていました。
よほど印象に残ったできごとだったのでしょう。
「笹麦」に強く興味をひかれたものの、まさか見る機会はないだろうと思っていました。


その後、収穫した笹の実は農家さんがしばらく乾燥させて、粉にしてくださいました。笹麦の製粉は米やそばとは違い、固い殻がついているので機械が壊れるという理由で依頼した製粉所からすべて断られ、苦労してご自身で製粉されたようです。

元々収量はあまりなかったのですが、粉にするとはるかに少なくなりました。
そしてその貴重な笹麦粉を有効に利用してほしいと、私に使いみちを託されました。。

匂いを嗅ぐと、フワッと笹の香りがします。
この貴重な粉をどうしよう・・・?
責任重大!決してムダにはできません(汗)

ただ珍しいものというだけでふるまっても、「ふぅん。」で終わってしまいそうです。

飽食の時代に生まれた若い人たちに、自分のじいちゃん、ばあちゃんが経験したであろう食糧難の時代に思いをはせてほしい。食べた記憶のあるお年寄りの方々には、なつかしい昔を思い起こすきっかけになればいいな、そんなことを思いながら、役場の方々と相談しながら、ただいま使いみちを模索中です。。
たくさんの人に食べてほしいとは思いますが、なにぶん量が少ないことがネックです。

さて、どこで、どう使おう?
どんな調理法にしよう?

冊子には、すいとんで食べたと書いてありますが、食べたことのある人から話しを聞くと、ボソボソしておいしいものではなかったとのこと。
小麦や米が貴重だった時代、笹麦100%かそれに近い割合で食べていたようです。

もち米粉と混ぜて、笹麦団子、みたらしやあんこで食べたらおいしいかも?
いや、それだと笹麦の風味が隠れてしまいそう。。
やはり昔に習って、すいとんで食べるのがよいだろうか。
笹麦の風味がわかる程度に小麦粉の割合を増やせばボソボソした食感は改善されるし、少ない笹麦の量を増やすことができます。

ところで当時のすいとんって、どう作っていたのだろう?
調理方法も含めて相談したくて、2年前、私に冊子を紹介してくださった、星川洋子先生を訪ねてみました。舟形老人クラブの会員で、8年前の当時冊子を編集された方です。

洋子先生も笹麦を食べた記憶があるそうです。
昔は醤油が貴重品でめったに使うこともなく、すいとんも味噌味だったこと。
鉄鍋をいろりにかけて、里芋や大根など、様々な野菜などを入れて食べたこと。
でも女学生時代にウチの人が作ったものを食べたので、作り方まではわからないそうです。
小麦粉や米粉を混ぜたのか、それとも笹麦100%だったのか・・?

何人かお友だちに電話してくださったけれど、当時実家が百姓だったという人は、米があるためだろう、笹麦を食べた記憶はない、とのこと。

笹麦のこと以外にも、昔の「食」のこといろいろ、話しがはずみました。

たとえば、昔のおやつ。
「かいもち」(そばがき)を笹かまのような楕円形にして、どんぶりに入れておいたものをいろりで焼いてみそを塗ったものをよく食べたこと。

秋になると拾った栗をしばらく水につけてから、砂の中に置くと冬まで保存がきいたこと。天日干しにすると甘味が増し、やはりいろりで焼いて食べたそうです。

昔は「ごま」よりも、「えごま」を使う機会の方が多かったこと。
当時エゴマのことは「白あぶら」と呼んでいたそうです。
かいもちも、エゴマ味噌で食べることが多かったようです。

ちなみに、かいもちは、舟形町では「重作」というお蕎麦屋さんで食べることができます。
板そばもおすすめですが、かいもちもふわっとしていて、やわらかくて、とてもおいしいです。ちなみに、つけだれは、納豆とくるみ味噌の2種類。

かいもち重作.jpg

などと脱線しましたが、本題の「笹麦」。

昔の調理の仕方を知っている方を探しつつ、活用方法を模索したいと思います!
笹麦だけじゃなくて、最上の「食」に関する話しも調査していきたいと思っています。

新たな展開や発見、おもしろい話しがありましたら、コチラにアップしますね♪